種子島『秒速5センチメートル コスモナウト』の旅
『秒速5センチメートル 第2話 コスモナウト』の舞台となった種子島に行ってきた。
これまでにアニメのロケ地巡りは『君の名は。』『言の葉の庭』の新宿区一帯や『月がきれい』の川越などを訪れたが、『秒速5センチメートル』の種子島はいつか行けたらいいよね……と半ば諦めていた。あまりにも遠い(北海道在住)。
でもやっぱり行ってみたい。コスモナウトが大好きなんだ。あの島での貴樹や花苗の息吹を感じとりたい。そこでしか感じられない何かがある気がしてならない。そんな想いが抑えられなくなってどうにもならなくなって、ついに決意した。
仕事、時間、費用……。やれない理由なら簡単にあげることができる。でもそれだと何も変わらない。やる方法を考えようではないか! ってことでいろいろと頭を下げたりお芝居をしたり嘘をついたり(たぶんバレてる)で休みを捻出して種子島への旅を手配することに成功した。やればできる。
旅の概要
種子島への交通
通常の種子島への交通手段は鹿児島からの船か飛行機に限られる。だがそれだと[新千歳ー羽田][羽田ー鹿児島][鹿児島ー種子島]と飛行機2回乗り換えとなり、どれかの便に遅延でも発生しようものなら即終了となりかねない。飛行機の遅延って結構あるのだ。何度泣いたことか。休みたっぷりなら遅延どんと来いスケジュール組めるけどね…。ということで決行は8月に。8月に限ってはJAL[伊丹ー種子島]便が運航されているので新千歳からでも1回の乗り換えで行けるからだ。本当は重要シーンがあった10月に行きたかったのだが、上記の理由により今回は諦めた。まずは島に行くことを優先した。
旅程
8月27から30日の3泊4日で以下の通り。
- 1日目 新千歳発ー伊丹着、伊丹発―種子島着、舞台探訪、西之表市宿泊
- 2日目 舞台探訪、宇宙センター見学、西之表市宿泊
- 3日目 舞台探訪、島内観光、西之表市宿泊
- 4日目 舞台探訪、種子島発―伊丹着、梅田徘徊(笑)、伊丹発―新千歳着
3泊4日ということで舞台探訪だけでなく他の観光も無理なく組み込めた。総費用は80,000円ほど。安くはないが日程と飛行機やレンタカーを考えると高いともいえない。[新千歳ー伊丹]に関してはANAマイル使用で別途手配したので本来はもっとかかる。
宿泊
全日程を通して西之表市のホテル(朝食付き)。種子島は北から西之表市、中種子町、南種子町の3市町がある。コスモナウトの舞台は中種子町なので、そこに宿をとれば楽だったかもしれない。とはいえ種子島は北から南まで自動車で2時間もかからないので、どこに宿をとってもそんなに苦労はないと思う。
島内移動
バスがあるが本数が少ないしロケ地探訪をするには絶望的に不便。というよりも辿り着けない場所多し。観光客の大半はレンタカーで移動している。タクシー貸切という方法もあるが料金はどうなんだろうね。
道路事情はあまり良いとは言えない。幹線道路は整備されているが少し入ると狭い道ばかりで、すれ違いすら難しい道も。とりわけコスモナウト巡りの各ポイントは狭い道ばかり。それと道路脇の側溝。茂った草で隠れているトラップ溝があったりで結構怖い。脱輪には気を付けたい。自分は普通車を借りたので気を遣って走ることが多かった。撮影などでの停車なども考慮すると軽自動車がベストだと思う。
交通の流れは実にのんびり。制限速度ジャストで流す車も多い。荒い運転の多くはレンタカーという印象。 路上で寝転がっている猫も結構いるので優しい運転を心掛けたい。
撮影機材
写真は機動力重視でニコンD5600を選択。バリアングル液晶モニターは低アングルや星景撮影で威力を発揮。動体撮影はしないので性能は必要にして十分。レンズはニコンAF-S 18-200mmとシグマ10-20 F3.5 EX DC。10-20は主に星景撮影で使用。三脚はベルボンの安物。自動車移動の走行記録にはコムテックZDR-012を使用。
1日目
高台、アイショップ石堂店、増田宇宙通信所前、星原
種子島空港到着は14時頃。すぐに空港内にあるレンタカー会社カウンターで手続きを行い、空港に着いてから30分もかからずに移動を開始した。ホテルチェックインは16時に予定しているので時間の限り探訪する。
コスモナウトと言えば澄田花苗。花苗といえばあの高台だ。風車や町を一望することができる場所。事前に調べた範囲では何箇所か候補地があるようで、とりあえず全て巡ることにする。
https://goo.gl/maps/PZjTRv5vnNqX5Ptm9
そう、こんな感じだよね。映画ぴったりではないけれど。角度的にはもう少し高所からという感じなので、もう少し移動してみる。
さっきよりも少し高い位置から望遠ズームしてみる。ここもいいな。映画だと上下に背景が動くので、おそらく異なる角度からの景色を合わせて動かしたのかなと思ったり。別に映画のシーンぴったりの場所である必要はない。そこにシーンを感じることができればいいのだ。ここを花苗の高台とする。しばしの間、ここで風を確認する花苗を想像する。これから起こる何かを予感する彼女の姿を。ちなみにこの日は風が弱く風車は微動だにしなかった(笑)。
https://goo.gl/maps/bSUE2YHGsL7mAfJp9
アイSHOP石堂店。『秒速5センチメートル』のみならず時空を超えて『君の名は。』にも登場。
店員さんに確認をとると自由に撮って良いとのことだったので店内も何枚か撮らせていただいた。ありがとうございます。
もちろん買い物もした。ヨーグルッペは絶対に外せないよね。
ヨーグルッペは下の段にあり映画とは異なるが、そういうものだ。雰囲気を味わうことができたのでそれでいいじゃないか。花苗のようにしゃがんで手に取った。
店内には巡礼ノートもあり、もちろん書いた。台湾や韓国などからの来訪者も多いようで漢字やハングルの書き込みもある。内容は分からないが夢の地に来ることができたという興奮が伝わってくる。
ベンチは無くなっていたが、これでいいのだ。この場所の空気を感じながら腰掛けてヨーグルッペを飲む。寄り道してここで語り合う花苗と貴樹を想像する。それが大事なのだ。ただの撮影なんて何も楽しくない。甘酸っぱい青春の味がした。
https://goo.gl/maps/mQzUFd7VSoQym19L9
増田宇宙通信所前。ここは人工衛星の追跡などをするアンテナが設置されている施設で見学することもできる。見学については後日公開する観光編で。
ここまで巡ったところでチェックイン時刻が迫ってきたので探訪は中断して西之表市のホテルに向かう。ホテルはいたって普通のビジネスホテルで特に書くことはないが、同じ敷地に大きめのドラッグストアがあったので滞在中は便利だった。地元の個人商店での買い物も旅の楽しみではあるが、よく考えたら土産以外に買うものって飲み物くらいなんだよね。食事は中心街に固まっているので適当に店を選んで食べた。
ひと休みしてから再び探訪へ。コスモナウトは夕暮れから夜にかけてのシーンが多いので、のんびりしていられない。
夕暮れ時の花苗の高台。貴樹が携帯いじってるところに花苗が来る場面だ。美しい。花苗じゃないのになんだか泣きそうになった。
本来はここで星景撮影をして天の川も入れたかったのだが、かなり強めの月明りがあったので断念。まだチャンスは2日ある。月の入り時刻と雲がうまい具合にかかってくれたら撮れるはず。今日は移動やらで疲れたので探訪はここで切り上げ、早めにホテルに戻る。
2日目
通学路、旧種子島空港、中種子高校、中山海岸、天の川、坂道
朝からコスモナウト探訪。数日前からの予報では雨続きになるはずだったが、有り難い方向に天候は変わり、種子島の夏を感じる日となった。
https://goo.gl/maps/H7UipiDcVF9b3bYb9
中種子町星原。コスモナウトのタイトル画面の次あたりに出てくる道。この少し先に花苗と貴樹が夕暮れに歩く場所がある。
道の両脇はサトウキビ畑。種子島はサトウキビの島だ。
中種子町野間。種子島はサトウキビ畑サトウキビ畑カライモ畑サトウキビ畑、そして森、海、町、またサトウキビ畑……という印象。コスモナウト巡りと合わせて非日常を強く感じる。
畑と空、そして海。とても気持ち良い。北海道でも広い田畑に空が広がっている風景は珍しくはない。それでも種子島はまた異なる。南国の太陽の高さと爽やかな風がそう感じさせるのだろうか。
この景色の中を花苗や貴樹はカブで走ったんだ。自動車の窓を開けて空気を感じながら走る。それでもやっぱりこれはバイクじゃないと分からないだろうな。島にはレンタルバイク店もある。次の機会があれば走ってみようと思った。
https://goo.gl/maps/igKmtfH7XVJoQM7u7
旧種子島空港。島を離れる貴樹を花苗が見送った場所。廃墟と化し草木が茂る滑走路跡に切なさが増す。
貴樹は何を思って花苗と最後に会ったのか。
空を見上げると、青過ぎるくらいに青かった。
https://goo.gl/maps/KoPKsWfbEkzJvDB46
中種子町野間。花苗の坂道。貴樹との帰り道、ここをカブで一緒に走った。貴樹を見送ってから花苗は一人でここを走った。この道を貴樹と一緒に走ることはもうない。
ゆっくりと走ってみると花苗の気持ちが少しわかった気がした。
https://goo.gl/maps/Me8LSRNScCNGaFVMA
花苗と貴樹が通っていた中種子高校は南種子高校と合併し種子島中央高校となっている。校舎に記されていた校章も消えている。事務室で申請すると敷地内撮影可能という情報があったが、そこまでするのもどうかと思ったので外観撮影のみ。校門付近からアングルを探しうろうろしていると数名の生徒が横を出入りする(ジャージ姿なので夏休み中の部活生徒か)。不審者ではないよという意味を込め(完全に不審です)会釈すると「こんにちは」と笑顔で挨拶を返してくれた。
同じ中種子町にあるAコープ駐輪場。手前と奥のバイクはおそらくリトルカブで中央がビーノ。花苗たちの角ライトカブではなかったが、ヘルメットはほぼ同じで嬉しい。通学カブを発見して喜んでいる自分の横を歩いた高校生らしき若者と目が合うと、彼らもまた「こんにちは」と。怪しいよそ者らしき相手にはあえて声をかける云々という話が浮かんだが、たとえそうだとしても素敵なことだ。若者だけでなく高齢の方からも声をかけられることもあり、そこに深い意味などはなく純粋にそういう習慣かもしれない。これまでいろんな地域を訪れたが、とりわけこの島の人たちは全体的に優しいというか温かい気質という印象をもった。それは自分のもつ花苗のイメージに通じるものがある。
放課後に中山海岸まで通う花苗の道順を辿ってみた。意外と早く海まで行ける。
https://goo.gl/maps/qMKyHi4oCeoj3VVMA
中山海岸。高台や坂道と並ぶ花苗の場所。真の花苗のステージでもある。ここは美しいという言葉では足りないくらい完璧に近い場所だった。この日は波がなかったせいかサーファーの姿はなく完全に貸し切り状態。いつまでも眺めていられる。この場所は本当に気に入ったので翌日と最終日にも訪れた。
『いくつかの台風が通り過ぎ、そのたびに島は少しずつ涼しくなっていた』という台詞と同じく、種子島を訪れる直前に二つの台風が通り過ぎていた。全日程を通してほぼ晴天に恵まれるという幸運にも感謝。
花苗は波に乗り続けたのだろうか。
南種子町のロケット発射場の格納庫と避雷鉄塔が望める。波の上からロケットの打ち上げを見上げた日もあったかもしれない。
それから宇宙センターまで一気に南下し宇宙科学館の見学と施設体験ツアーに参加した。その様子は観光編にまとめておく。見学を終え、まだ午後2時くらいだったのでロケ地探訪の続きをと思ったところでカメラバッテリー切れ…。痛恨である。前日のバッテリー減り具合から夜まで余裕だろうと判断していたのだが。予備のバッテリーもない。泣く泣く西之表のホテルに戻り充電することとなった。それでも前日断念した天の川撮影を行うつもりだったので、ここは前向きにとらえ夜に備えての昼寝タイムとした。
https://goo.gl/maps/CjM3tA8eU6Ro2i177
バッテリー充電を終えて再スタート。手始めに現在の種子島空港そばにあるポストへ。One more time, One more chance中で貴樹と花苗が歩く場所だ。道が非常に狭く自動車を停めるスペースが近くにはないので気を遣った。
花苗の高台へ再び。映画では草原だったが、目の前に広がるのはサトウキビ畑。それでも違和感はない。草むらもあるにはあるので、そこに座って夕暮れを過ごそうかとも思ったが虫が多いのでやめておいた(笑)。それに今日の夕方は行かなければならない場所があるのだ。
増田宇宙通信所前。貴樹と歩く花苗が泣いてしまい、そしてロケットの打ち上げを見上げた場所だ。映画では電柱が道両脇にあるので違う場所だという説もあるようだが、大きな問題ではない。電線の流れの先はロケット発射場の方角だし、シーンを感じることができればそこがその場所となる。自動車から離れ、実際にとぼとぼと歩いてみた。交通量はほとんどない。控えめな虫の鳴き声に包まれながら花苗になったつもりで歩く。また悲しい気持ちになった(笑)。同時に貴樹の心境も考えてみる。道はとても長く感じた。
夜の中山海岸。全てを悟った花苗が泣きながら眠った後のコスモナウトエンドロール。種子島で絶対にこの目で確認したかったシーンだ。暗い空にも星は輝く。種子島の空は優しく花苗を見守り続けてくれると感じた。[D5600、シグマ10-20 F3.5 EX DC、シャッター速度8秒、絞りf3.5、ISO4000、焦点距離10㎜]
この旅は満月に近いタイミングだったので前日同様に撮れないかもと思っていたが、月の入りと雲の位置に助けられて星景撮影は成功した。新月時に撮れるような完璧な星空ではない。街明かりの影響もある。それでも感動で涙が出そうになった。ずっと撮り続けたかったが、月の輝きが増してきたので海岸を後にした。夜の海は怖いので長居したくなかったからでもある(笑)。[D5600、シグマ10-20 F3.5 EX DC、シャッター速度10秒、絞りf3.5、ISO5000、焦点距離10㎜]
夜の高台。星空の下で語り合う貴樹と花苗を想う。前日は撮れなかったが今夜はなんとかなった。月と町の光が強くて難しかったが天の川も微かに撮ることができた。心の中で紙飛行機を飛ばす。[D5600、シグマ10-20 F3.5 EX DC、シャッター速度8秒、絞りf3.5、ISO3200、焦点距離13㎜]
3日目
中山海岸、野間、中種子町中心部、夕暮れの通学路
訪れたかった場所はだいたい巡ることができたので、この日は種子島観光を中心に動いた。ロケ地巡りといえども、場面に登場する場所以外のさまざまなことを知り感じることはとても大事。そして純粋に観光目的でも種子島は非常に魅力的だ。後日公開する観光編にて改めて紹介したい。
またまた中山海岸。この日も美しい。ここで一日過ごしたいくらいだ。このアングルはコンクリートの波止場上からで、海岸の北東側は河口と小規模な港となっている。
現実はこんな感じで写真の左側はコンクリートでがっちりと固められている。港にはゴミも多かった。書かない方がよかったかな(笑)。 それでもここはとても居心地が良い場所に変わりはない。今日も誰もいなかった。
波の音を聴いていると、花苗がサーフボードを抱えて走って行く姿が浮かんできた。
https://goo.gl/maps/QJ8fn2ry7HqwFm5L8
中種子町野間。コスモナウトのタイトルの場所。他にも候補地があるらしいが、ここに決定。実は花苗の坂道を望む位置から逆方向に振り向くとこうなっている。頑張ってアングルを寄せようと這いつくばるように道路脇の草むらに顔を近付けて動き回った。こんな怪しい動きも人がいないから躊躇いなくすることができる。
https://goo.gl/maps/KumT1BNwYkTBSTtt9
中種子町メインストリート。もっと何もないかと思っていたら、意外といろんな店が揃っている。Aコープやホームセンター、マツキヨなどそれなりの規模の店もあるので生活に不便はあまりなさそうな印象。ガソリンは高い。170円/Lくらい。
https://goo.gl/maps/QQgA7BimocefEEbg6
中種子町星原。2日目の1枚目写真から数十メートル進んだ辺り。ヒグラシの鳴き声を聞きながら二人が歩いた道。映画のような鮮やかな空はなかったが、雰囲気の良い夕暮れだった。
虫たちの鳴き声など雰囲気が伝わるように動画にしてみた。二人の心情が伝わってくる気がしませんか? ああ、切ない。
同じ場所での夕陽。あまりにも綺麗でびっくりした。
このあと中種子町の花苗の家とされる場所へ向かったが、ここは完全に民家なので撮影せず。立ち止まらずに通過するだけにした。大人になったカブがいたような。
4日目
花苗の高台、中山海岸
最終日。チェックアウトしてからレンタカーを返却し飛行機に乗るまで時間に余裕があるので無理ない範囲でコスモナウト探訪。よく飽きないよね笑。
いつもの高台。海の方向に雨雲が。ここまでずっと晴れが続くと雨も味わってみたいので雲に向って出発。さようなら高台。また来るよ。
しつこいくらいに中山海岸。高台と中山海岸には毎日来たような気がするけど合ってるかな? 予想通り雨が降っていたけど完全に雲は覆ってなくて何となく拍子抜け。贅沢だよね。それでも少しは薄暗いので波に乗れなくて立ちすくむ花苗の姿がイメージできる。振り返ってみると心から楽しそうにしている花苗って波に乗れた時くらいなんだよね。切なかったり悲しい場所を喜んで巡るというのは如何なものか、と少し思ったり。花苗ちゃんごめん。
そうこうしていると雲は流れて晴れ渡り、ほどなくしてカブがやって来た。ちょうど花苗もこの辺にカブを停めたんだよなと思っているともう一台。デートなのか海岸研究調査なのか。良い雰囲気を漂わせつつ歩いて行く二人の若者が眩しく、そして猛烈に羨ましいと思った。カブに乗り中山海岸で異性と歩くなど、この島にいなければ夢に思うことすらできないのだ。このシーンを旅の最後に目にすることができて本当に良かった。そしてこの二人のように花苗には貴樹と歩かせてあげたいと思いながら海岸を後にした。
これで種子島のコスモナウト探訪の旅は終わり。とても充実した4日間だった。種子島は素晴らしい島だ。コスモナウト巡りだけでも景色の素晴らしさに感動しかなかった。観光編では種子島の名所や宇宙センター見学ツアーのことなども記事にする予定。最後まで読んでいただきありがとうございました。
いつかまた必ず。さようなら種子島。
おまけ(宣伝)
Pixivで『秒速5センチメートル コスモナウト』の二次創作やってます。映画本編後の貴樹と花苗の物語。完結していないので読んでねとは言えないんだけど、とりあえずこんなのもやってますということで。
『君の膵臓をたべたい』を読んで観て感じたこと
ついに劇場アニメが公開された。初日の初回に観てきた。
まずはじめに。この作品は間違いなく『君の膵臓をたべたい』だった。
映画という性質上、原作そのままにならないのは当然として、それでも真摯に誠実に映像化している作品だった。とても良かったよ。
アニメを観たことで原作小説、コミカライズ、実写映画と合わせ全ての『君の膵臓をたべたい』を体験することができた。ということで劇場アニメに限らず全ての『君の膵臓をたべたい』で感じたことなどを思うままに書く。遠慮なくネタバレするし、称賛だけではなく納得していないことも書く。ところどころ小説やコミカライズ、映画の話題に飛ぶのでご注意を。あと読みやすい文章は意識しないのであしからず(開き直り)。
実は『君の膵臓をたべたい』原作小説を読んだのはごく最近で、劇場アニメ公開の約一ヶ月前。以前から存在は知っていたけど、薄命美少女と平凡男子の物語というのは普遍的ともいえる題材で今更感があったのと『膵臓をたべたい』というタイトルに忌避感があって無視していた笑。インパクト重視なタイトルで釣る本も多いしね。
劇場アニメの公開が近付き、ネットやTwitterなどで情報を目にする機会も増えてくると、徐々に「これはもしかしたら凄いものなのでは?」と感じるように。凄い凄いっていう声が大きいからさ。
最終的に後押しになったのは予告編動画にある台詞だった。
『誰かと心を通わせること。そのものを指して生きるって言うんじゃないかな』
なんですかこれは。
もしかしたらこの物語は引き裂かれる恋の悲哀とか単純なお涙頂戴とは違うのではないか? と。すぐに原作を購入し読んだ。泣いた(笑)
膵臓の設定への疑問などから序盤はいまひとつだったが、気が付くと二人の世界に引き込まれていた。桜良を知るほどに活き活きと人間らしくなる「僕」、それに呼応するように生きる姿が輝きを増す桜良。設定に現実味がどうのなど、もはやどうでもいい笑。
徐々に近付いて行く二人がどうなるのかドキドキしながらページを進めたが、それは同時に桜良の死が近付くことでもあり……。二人に感情移入するにつれ、訪れる日のことを思うと中盤は読み進めるのがしんどかった。
そして入院してからの二人に大きく感情を揺さぶられた。
ずっと近くに死を感じ不安に押し潰されそうな時に病床に現れた春樹に、彼女はどれほど勇気付けられただろう。後に遺書によって明らかになる場面と重ねることで込み上げてくるものが増幅される。
一度きりの「真実と挑戦」。そこで語った桜良の言葉。残り僅かな時間を精一杯、人と接し関わることを選択し続ける桜良。その心からの声に触れ、人と接し関わることを選択する道に、まさに一歩踏み出そうと動き始める春樹の心。
『誰かと心を通わせること。そのものを指して生きる』
心を通わせるということは、言葉でいうほど簡単なことではない。それでも、この二人にとっては全く曇りのない真実の言葉だった。この時にはもう二人は心が通い合っていた。強く輝いて生きていた。
共病文庫の遺書と併せ、この場面は本当にこの物語の本質が込められているのではないだろうか。
それは作中アイテムとして登場する『星の王子さま』に通じている。王子さまは地球にやって来て出逢いと別れを繰り返して最後はまた星に還っていくのだが、その出逢いの中で多くの大切なことを贈られ、自身もまた大切なものを贈っていく。
『星の王子さま』で多く語られる場面がある。キツネとの出会いと別れを通して、自分の星のたったひとつのバラへの想いに気付く場面だ。ありふれたバラも、たったひとつのバラになる。ありふれたキツネも特別なキツネになる。ただの金色の麦畑も、それをみることで金色の髪の王子さまを思い出すことができる。絆を結んだものは特別な存在になる。
原作者の住野よる先生は『星の王子さま』を作中アイテムとして使うにあたり、本の内容を強く意識していたと思う。王子さまをはじめとしてキツネやバラなどの登場人物の発言は、桜良の言動にいろいろと反映されている印象がある。
その最たるものがキツネが王子さまに贈った言葉『ものごとは心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは目に見えない』なのだと。
だから彼女は早くから春樹の持っているものを感じ、仲良くなろうとした。自分にはないもの、目に見えないものを心で見ようとした。だから春樹は懐いた(笑)のではないかと。
死を目前にして、生きることについてあそこまで言うことができる桜良は何て人なんだ。そしてそれを言わしめた春樹も凄いよ。
『君の膵臓をたべたい』はラストへ至る共病文庫を読む場面が物語の最高潮なのかもしれないが(もちろんそこも号泣)、自分としては入院時の桜良と「僕」のやりとりが本当に良かった。とても沁みるんだ。
だからこそ、この入院時のいろんなやり取りはもっと丁寧にじっくりと観たかったんだよね。映画の花火演出も素敵だとは思うんだけど、病室で静かながらも熱く……というのが個人的には好きでした。
春樹が共病文庫を読むシーンは、いろんなことを振り返りながら読み、観ることになる。涙なしにはいられない流れだ。感情のピークが続く。
アニメではこのシーンがなんと『星の王子さま』ならぬ『星のお姫さま』ワールドになっててびっくり。個人的には世界観がいきなり飛んでしまい「えぇ…」て感じで戸惑ったが、そこは好みの問題なので。かわいらしくて良かったとも言えるよね。
そこに『星の王子さま』を持ってきたことを否定するつもりはない。いやむしろ我が意を得たりとまではいかないが、やはり『星の王子さま』が重要な位置を占めている物語なんだと確認できて良かったと思えた。ただ、びっくりしただけなのさ……。
ちなみに『たいせつな贈り物』という恭子メインの二次創作を書いたのだが、ここにも『星の王子さま』は重要なものとして扱っている。春樹と恭子が友達になる過程を書いたお話なので、よければ読んでみてね(宣伝)。www.pixiv.net
話を戻そう。この場面の描写はコミカライズの表現がとても好き。このブログはネタバレありなので遠慮なく書くが、共病文庫の最後、春樹への遺書のシーン。遺書というモノローグでもあるんだけど、まるで桜良と春樹が対話しているように描かれている。もちろん会話形式ではないんだけど、まるで二人で話しているかのようで。きちんとしたお別れができなかった二人が、この表現でとても救われたような気持ちになって大号泣だったのだ。本当に素晴らしい。騙されたと思ってコミカライズを買って読んでみて。
桐原いづみ先生はすごい!
『恋とか、友情とか、そういうのではないよね』
住野よる先生は恋愛小説を書いたことはないと発言されている。その通りだと思う。この物語は恋愛物語ではない。友情物語でもない。
人が人に憧れ、欠けているものに気付く。成長し心を通わせ、互いを必要とする。失っても乗り越える。前を向いて歩く。そう選択することの素晴らしさが根底にある物語ではないだろうか。そしてその全てを含んだ先にある愛の物語なのだとも思う。恋愛脳の愛ではないよ。この辺りの語彙力がないので、全体を通して書いていることで汲み取っていただきたい。
春樹に恋しているという表現が共病文庫にはあったので、桜良には春樹への異性としての好意はもちろんあっただろう。ただそれにおさまらない、もっと大きく深いところでの繋がりが圧倒的だったというところか。上にも書いたように、心を通わせるということは本当に凄いことなのだから。並の恋愛なら心通ってなくてもできちゃうからね(偏見)。
もっとも、余命からの徹底した恋愛感情への抑制が桜良にはあったとも思える(委員長とちょっと前まで付き合ってたけどそれはノーカンで笑)。書き遺しているように時間があまりにも残されていなかったから。春樹のことを考えて、そっち方向への気持ちは抑えたというのが自然かもしれない。桜良にとって春樹は付き合うとかそんな段階を遥かに超越した大きく大切な存在だったのだろう。
それでも体温を感じるためのハグシーンには心温まると同時に締め付けられるような切なさも感じてしまう。彼女のいろんな想いが込められた行動なのだから(その中に恋心も含まれたのでは)。
恋や友情ではないという桜良の言葉の裏に、やっぱり別の想いが隠されていたと思ってしまうのだ。
恋していると何度も感じていた。それでも恋人になるつもりはなかった。それは確かめる時間が無いから。共病文庫に書かれていたこの部分で、とても切ない気持ちになった。
人として、自分が自分であると感じさせてくれた偉大な存在である春樹。その彼が必要としてくれているだけで桜良は心から幸せを感じることができた。
それでも――。
どうですか?
もし自分がその立場だったなら。
自分には桜良の必死さ、あまりにも切ない自己抑制を感じずにはいられない。
春樹が見舞いから帰ったあと、どんな思いでいただろうか。幸せだけだったろうか。ベッドで抱き合い体温を感じた後、一人残った病室でどれほどの寒さを感じただろうか。育むことを許されない想いを、彼女は必死に抑えていたんじゃないだろうか。そんなことを最後の遺書の端々に感じてしまうのだ。
もちろん嘘は書いていないだろう。春樹との心の結び付きを感じ、それに無上の喜びを感じる。そのことは揺るがない。とても素晴らしいことだ。
でも……。
そんな自分の思いは一年後、春樹の墓前での独白で救われた。
『もし、僕の本当の初恋の人みたいな女の子がまた現れたなら』
言うじゃねえか春樹! いいぞ!
心が通じていたのだから当然なんだけどね。ただこの初恋というものがまた微妙な言葉で、恋人関係の相手に向ける気持ちとはちょっと違うんだよね(劇場特典小説にも書いているように)。本当にこの二人の関係にぴったりの言葉を探すのは難しい。
そもそも人と人の心の繋がりよりも恋愛が軽いなんてことはないわけで、どちらが優れているという性質のものでもない。人間愛の中には恋愛も含まれる。
彼らは本当に大きな愛、全てを含んだ愛、目に見えないたいせつなことを掴んでいたのではないだろうか。
たいせつなこと、見えていますか?
私は……どうだろう?
ちょっと自信ないな。
それを探しに、また『君の膵臓をたべたい』を読もう! 観よう!